氏子と友達に支えてもらって何とかなりました

この、神社復興への道のりは、準備に約3年を費やしましたが、当時はまだまだ国民党為政下ということもあり、なかなか一筋縄ではいきませんでした。

しかし、復興発起人をはじめ、氏子総代の皆様がガッチリ固まってくれていたということと、高雄市の親しい友達の皆さんが惜しみなく協力をしてくれたことで、招魂祭・御鎮座祭にたどり着くことができました。

ここで最も重要な部分は
『地元関係者の要請があり、私は地元関係者の意見に賛同し、復興を手掛けてきた者として最短で、最もスムースに復興できるあらゆる手段を講じた』
ということです。

今はインターネットで、匿名で何でも言えてしまう時代なので、大多数の皆さんは本事案には喜んでいただけましたが、ごく少数の人からは(1パーセント以下)の人から「いくら民間だからって、余計なことするな」という意見もあったようです。

しかし、地元の人が「復興したいから協力してくれ」と言い、私が話を聞いて「私の経験上、この規模の神社であれば何とかすることは可能だ」と、両者の意見が一致して、初めて始動した、ということです。

また、発起人の長老はもう御歳90歳なので、何とかこの方がお元気なうちに仕上げてあげたいという一念で、あらゆる方法を検討しました。

戦時下末期に出征して行き、

「『もし俺が帰って来れなかったら、この神社に会いに来てくれ』と約束したから、私はここで待っている」

と頑なに約束を守っている人の姿を見て、私たちが時代に流され、失ってしまった心を見せつけられた気がしました。